最後の晩餐にはまだ早い


和歌山「オテル・ド・ヨシノ」(2014関西食べ続け②)

 和歌山「オテル・ド・ヨシノ」を訪れるのはこれが6回目、料理長とも親しくなったので、最近は「これが食べたい」と事前リクエストする事が多い、手島料理長が得意とするのは古典料理、文献を紐解き研究し、今はフランスでも出会う機会の少ない伝統料理を、現代に甦らせる事が出来る料理人だ。今は何でも軽薄短小な時代だが、彼の料理には重厚長大な物語がある。今回は関西在住のグルメな友人が参加表明してくれた事もあり、恐ろしく手間のかかる「プーレ・ヴェッシー」をお願いする事にした。

 ご存じない方に説明すると、鶏(可能ならブレス鶏)を丸ごと一羽下処理し、ヴェッシーつまり豚の膀胱に詰める、この時にトリュフやコニャックまたはアルマニヤックを加えるが、豚の膀胱は洗って干した後でもアンモニア臭がある、つまりおしっこ臭い(笑)、通常だと異臭だが、これにトリュフとコニャック、更に鶏の脂肪分が加わり、膀胱を膨らました後に長時間加熱する事により、劇的に芳香に変化する。
 以前TVの情報番組でフランス香水を特集した時に、人間の体臭との相乗効果で「いい匂い」に変わる事を分析していた、油絵技法もこれと同じ理屈で、西洋文化の根源である「足し算」の方式論だ。香りの面でも優れているが、同時に膀胱内で弱圧力加熱される事により、しっとりとした肉質が保てる、手間と時間はかかるが実に合理的な調理法なのだ。しかし短所があって、料理を作るには係りきりでアロゼ(外側から湯をかける事)をしなければならず、歩留まりの悪い方法のため一日一組位の注文にしか応えられない事。現在でもこの料理をスペシャリテにしているフランスのレストランがあるが、数をこなすために正規の調理法に改良を加えていると聞く、そのため「正調ヴェッシー料理」を食べた事のある人間は、実際には少ないと思う。
 今回、手島料理長にお願いしたのは、勿論この正調版(笑)、ブレス鶏一羽使用のため面子が必要だが、仕事で忙しい友人を誘ったのは、これも理由の一つだった(笑)。

 階下のホテルに部屋を取り、19時過ぎにダイニングに入ったが、既に満席に近い状態、最近就任したばかりの、メートル兼ソムリエの松岡氏に案内され一番奥の席に着いたが、店内のゲストとキャストが醸し出す場の雰囲気は、以前訪れたフランスの歴史ある名店を思い出す程、優雅で艶が感じられた。日本では数少ない「座っているだけで気分が高揚していく店」だと言える。
 前述のプーレ・ヴェッシーをメインにした、手島料理長の「ムニュ・スペシャル」は以下のとおり、

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・メゾンブッシュ※アミューズ前の口取り(猪のリエット、アンショワ風味のミニクロワッサン)

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・貝と海藻のゼリー寄せ、フェンネルのクリーム、自家製海苔

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・ジビエのコンソメ

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・「次の鰆の燻製の香りに合わせました」と、ソムリエがグラスで出してくれた、「コス・デストゥルネル」のセカンド「レ・パゴド・コス2002」、こうした隠し玉をさりげなく出すのが憎い(笑)。

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・サワラの軽いフュメ、季節の根菜、フロマージュ・ブラン

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・メヌケのポワレ

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・ブレス鶏のヴェッシー、一皿目は胸肉

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・同じく 腿肉を軽くグリエして

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・プレデセール(ブランマンジェ)

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・バニラ風味のミルフィーユ、トリュフのアイスを添えて
・ミニャルディーズとアンフィージョン

 料理全体の印象は、以前みたいに剛速球ばかり投げていた時期と少し変わり、ムニュの流れに緩急を入れ柔軟になったと感じた、MLBの一流投手みたいにチェンジアップを有効に使い、速球をより速く見せるテクニックを身に着けたと思う(笑)。
 ジビエのコンソメは手島料理長のスペシャリテだが、去年より仕上げが軽くなり、後の料理との繋がりが良くなった、魚の一品目の鰆は燻製にかけたもので、燻香と絶妙な火入れが一体となり、最近食べた魚料理の中でも特筆すべき出来。二品目のメヌケは伝統的なソース・ブールブランで食べさせる、個人的には大型魚より小・中型魚を好むからか、どちらが好き?と訊かれたら鰆の方か。

 そして真打の「ヴェッシー」登場だが、胸肉と腿肉の二皿仕立、これは圧倒的に胸肉の方が美味しかった、ブレス鶏を使ったこの伝統料理は、胸肉をいかに美味しく食べさせるかに、先人達が苦心して編み出した調理法だと理解した、その位に未知の食感、軽やかなソースと共に、忘れられない料理になった。この日は大き目のプーレ(若鶏)を使用したそうで、湯煎鍋に膨らませたヴェッシーを浮かべ、約50分鍋の熱湯をかけ続けたと聞く。内部の空気は膨張し鶏肉に熱と香りを伝えるが、蛋白質が凝固せず水分も奪わない均質な火入れになる、結果として低温調理なのだが、これを半世紀以上前に考案した料理人は「凄い」としか言いようがない。この一羽丸ごとの料理を食べるには、最低3人位の参加者が必要だが、万難を排して集まる価値がある(笑)。 
 デセールは美少女パティシェール作による「ミルフィーユ」で、「ナポレオンパイ」をイメージした華やかなもの、パイ生地にもう少し軽さがあればもっと良かったか。でもミルフィーユは難しい、過去レストランで「これは美味しい」と思ったのは、パリ「アルページュ」の「ウィスキー風味のミルフィーユ」位で、あとは全滅(笑)。
 初日から飛ばし過ぎと思える程に全体重量があり、且つ華麗な料理体験になった。

 名料理長と謳われた、志摩観光ホテル前料理長の高橋忠之氏が現役時代、TV番組のインタビューで、「此処(ラ・メール)の料理は(値段が)高いと言われる、でも少年の心と大人の財布を持った人には来て欲しい」と語っていたのを覚えているが、手島料理長にもこの位は言って欲しい(笑)、そのレベルにまで料理は到達して来たと感じた。同時に以前からのファンの一人として、嬉しい反面寂しさも少しある、例えれば応援していた地下アイドルが、全国区アイドルになってしまったファン心理だろうか(笑)。
 料理人はいつか客を乗り越える、売れない時代を支えた客も、切らないといけない時がある、料理に限らず「選ばれた才能」とはそうしたものだ、もしそうなったら古い客は、「柱の陰で見守る星明子」みたいな存在で満足しないといけないかも知れない(笑)。
 こうして和歌山の冬の夜は、忘れ難い料理で忘れられない夜になった。

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オンクレ・トシ

Author:オンクレ・トシ
一般的に云う「グルメブログ」ではありません、店の点数評価等はしません。食の現場に集まる「人」を描きたいと思っています、もし読んで何か不快になる事があったとしたら、筆者の表現不足によるものでしょう。
出没地域は地元の東京足立・葛飾周辺、上野、秋葉原、たまに表参道、麻布十番等。
混雑電車が苦手なのと現在失業中によりランチ行脚がメインです。更新は週2回が目標。
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