最後の晩餐にはまだ早い


神山典士著「伝説の総料理長 サリー・ワイル物語」

 「読んで面白い」と久しぶりに思った食関連の本を紹介したい、2005年に刊行された単行本の改題文庫化だ。

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 サリー・ワイルSaly Weil(1897~1976年)はスイス出身の料理人で、1927年横浜ニューグランドホテル開業にあたり、初代総料理長として就任し、日本の西洋料理(当時は「フランス料理」とは呼ばず、洋風料理はこう総称されていた)に変革をもたらし、多くの弟子達を育てた名料理人だ。
 著者は日本のフランス料理の歴史を調べているうちに、この料理人の名前を知り興味を抱く、のちに日本のフランス料理界を代表する事になる名料理長達が、何人もワイルの下で働いていたからで、東京プリンスホテルの木沢武男、日活ホテルの馬場久、「天皇」とまで呼ばれたホテルオークラの小野正吉等だ。またワイルの尽力により、スイスやフランスでのレストラン就労が可能になり、彼の事を「恩人」として慕う料理人も多く、「スイスパパ」なる尊称で呼ばれていた事を知る。

 ワイルの物語を書くにあたり、資料を調べていて著者は幾つかの疑問に突き当たるのだが、それは、
・フランス人ではなく何故スイス人が選ばれ雇われたのか?
・サリー・ワイルは厨房に革命をもたらしたと伝えられるが、それはどんなシステムだったのか?
・第二次大戦下、料理人として活動できなくなり、外国人のため当局の監視が厳しくなっても、彼は何故日本に留まったのか?
・終戦後、結局はスイスに帰国するのだが、その後料理人としては不遇だったと伝えられる、その理由は何故なのか?
・日本から本場フランスで働きたいと云う若者達の窓口になり、就労先まで斡旋する事になるが、そこまで彼を駆り立てたものは何か?

 筆者はこれらの答えを求めるために料理関係者と何人も会い、スイスを訪れ生存していたワイルの姪に会って話を聞き、貴重な資料を入手する。そうしてこの疑問を解いていく。
 判らない事があったら、まず現場へ行って調べるのはジャーナリストの基本だ、書いたのは元々料理業界とは関係のない人みたいだが、食材や調理法についてよく調べていて、私が読んだ限りにおいて間違いはなかった、料理については相当勉強したと思える。

 焼いた肉等をワゴンで客席へ運び、そこで切って盛り付けする「ゲリドンサービス」、コースメニューではない単品での料理注文「アラカルト」、厨房で料理人達が一定の期間で持ち場をチェンジする「シフト制」、これらはワイルが日本で初めて導入したとされる、料理長が積極的に客席へ出て客と会話をするのも、それまでの日本のレストランでは無い事だった。今は喫茶店でも見かけるが、ご飯の上にペシャメルソースを乗せる料理「ドリア」を発案したのもこのワイルだとされる。
 絵画や彫刻と違い料理そのものは未来へ残す事が出来ない、写真も残っていないので、ワイルの料理がどんなものであったのかは想像で語るしかないが、おそらくエスコフィエを基本とする正統的なフランス料理だったと思われる、それを日本人の好みと風土に合わせる柔軟性を持っていたのだろう、外国人料理人が滞在する国で認められるか否かは、これが一番重要な点だ、それは現在PARIS等で活躍する日本人料理人達が証明している。

 「天皇の料理番」の放映により秋山徳蔵が注目されているが、調べてみると明治~昭和前期にかけては優秀なフランス料理人が何人も存在した。以前は日本のフランス料理発展は戦後、特に辻静雄登場以降ではないかと思っていたが、どうもそうとばかり言えないのではと考え直している。美術業界に少し関係していた私は、明治期の美術や工芸に接する機会があり、特に金工、木工、漆芸、象牙細工等は超絶技巧な作品が残されていて、当時の日本人アルチザン達の技術は世界に誇れるものがあった、それと同じく料理に関しても、相当なレベルまで行っていたのではないかと想像している。残念なのが料理は工芸品と違い、そのままの形では後世へ残す事が出来ないので、それが最も辛い点だ。

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 サリー・ワイルの若い頃の画像と、昭和31年にかつての弟子達の招きで再来日した時に撮られた、コックコート姿の画像を挙げておく。

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 私の持論「いい料理人は、皆いい顔をしている」は当たっている?(笑)
 日本と同化した外国人料理長の元で、凄い技術者集団があったのは事実だ、彼等の業績を土台にして、現在の日本人料理人の活躍があると思う。料理人や料理業界関係者、私みたいな単なる料理愛好家でも、読んで面白い本なのでお勧めしたい。
(草思社文庫 ISBN 978-4-7942-2135-3)

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オンクレ・トシ

Author:オンクレ・トシ
一般的に云う「グルメブログ」ではありません、店の点数評価等はしません。食の現場に集まる「人」を描きたいと思っています、もし読んで何か不快になる事があったとしたら、筆者の表現不足によるものでしょう。
出没地域は地元の東京足立・葛飾周辺、上野、秋葉原、たまに表参道、麻布十番等。
混雑電車が苦手なのと現在失業中によりランチ行脚がメインです。更新は週2回が目標。
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