最後の晩餐にはまだ早い


五反野「かみの屋」

 豚骨背脂系は苦手なので、事前情報でこの手の店と判ればパスするが、我家から自転車で行ける範囲のラーメン店なら一度は訪れる様にしている、ラーメンとスイーツは地元の店を応援したいと思っているからだ(笑)。
 今回初訪問の「かみの屋」もWEB情報でオープンを知った店、住所は足立区西綾瀬で、交通機関で一番近いのは東武スカイツリーラインの五反野駅になる、駅からは高架に沿って南へ進み、国道に出たら左折、足立コミュニティバスの「西綾瀬二丁目」停留所の目の前に店はある。我家から自転車で20分位だが、この辺りは飲食店も少なく、あまり来た事はなかった。
 事前情報では以前日本蕎麦の店舗で、居抜きで7月にオープンしたとの事。提供するのは「長岡生姜醤油中華そば」で、新潟県長岡出身の店主が始めた店らしい。長岡生姜醤油味は初体験だが、既にWEB上にUPされていたラーメン画像を見ると、私好みなビジュアル?なので(笑)、平日昼に訪れてみた。

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 得意の開店口開け客、引戸を開けるとカウンターはなくテーブル席だけの店内、4人席に座らせてもらったが、店の雰囲気はたしかにラーメン屋と云うより蕎麦屋だ。

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 壁上に掲げてある「お品書き」も蕎麦屋でよく使われる木製の物で、居抜きで入った時に引き継いだと思う。
 メニューは「長岡中華そば」(税込700円)、「味玉中華そば」(750円)、チャーシュー中華そば(800円)の三種類、あとは大盛りとトッピング増があるだけ、開業早々と云う事もあるが、冷たい麺もご飯類も置かない潔さはかえって好感が持てる、この中から「味玉中華そば」を普通盛りでお願いした。

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 厨房内は店主と思われる男性が一人、店内を女性一人で担当するが奥様だろうか?

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 テーブル上には共有の洗い箸、GABANの胡椒に楊枝と紙ナプキン、ラーメン屋にありがちな蘊蓄を書いた貼り紙等は無い(笑)。

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 やがて運ばれてきた中華そば、見た目はすごく懐かしい感じ、醬油ベースのスープにメンマとほうれん草、薄切りだがチャーシューも4枚入っている、昔のラーメンには必須だったナルト巻に海苔、海苔の上には刻み生姜、味玉は+50円だから安いと思う。
 まずはスープからで、事前情報では長岡は豚骨ベースとあったが、清湯タイプで豚臭さはあまり感じない、おそらく昆布か鰹節みたいな和出汁も入っていると思う、生姜はそう目立たず控え目、醤油風味が効いていて、なかなか好みのスープだ(笑)。
 続いて麺、これは縮れがないストレートな中太麺、自家製麺ではないが歯応えは感じられる、美味しいが個人的な好みでは少し縮れが欲しい気もした。
 全体的には何処か懐かしく、子供の頃食べた東京下町ラーメンを思い出す、各パーツも丁寧な作りで、私のストライクゾーンに入った(笑)。
 或る飲食店関連のサイトによると、ラーメン、中華、そば・うどん業態では、開業後4割以上の店舗が営業1年以内に、7割以上の店舗が営業3年以内に閉店したと云う統計があるそうだ、たしかに地元でも現れては消えるのがラーメン店だ、此処も開業したばかりだが、内容に対して価格は良心的、出来るだけ長続きして欲しいなと願ってしまう、そのためにもまた来ないといけない(笑)。

 WEB上地図で店の場所を調べている時に、あまり離れていない場所に、或る史跡が存在する事を知ったので、食後に訪れてみる事にした。
 東武鉄道の高架に沿って南へ向かうと公園があり、それを右手に見て直進すると、JR常磐線、東京地下鉄千代田線、つくばエクスプレスの3線が通る鉄道高架がある、そこを抜けるとすぐ右手にあるのが「下山国鉄総裁追憶碑」だ。

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 昭和24年7月6日早朝、国鉄(当時)常磐線北千住~綾瀬間の線路上で轢死体が発見され、やがて身元が前日から行方不明だった、当時の国鉄総裁下山定則と判明した事から、新聞紙上では自殺・他殺両説が紙面を賑わした、その後の警視庁捜査でも結論は出ず、結果を発表する事なく捜査打切りとなる、この謎は「下山事件」として後世に語り継がれる事になる。
 「日本の黒い霧」の松本清張を始め多くの作家、ジャーナリストがこの事件について取材をして記録を残している、私も何冊か読んだが、ジャーナリズムでは謀略他殺説を採るケースが多い、私も以前は他殺だと確信していたが、最近は少し違う見方もしている。ただ仮に自殺だったとしても、現在なら「パワハラによる過労からの自殺」として労災(公務員は公務災害)認定される筈だ、当時日本は連合国占領下、ドッジ・ラインに基づく国鉄人員整理を迫るGHQと、労働組合との板挟みになっていた事だけは間違いない。
 「追悼碑」ではなく「追憶碑」になっているのは、自殺か他殺か不明だからだろう、実際の轢死現場は碑のある地より少し西側になり、現場近くにあった元の記念碑は昭和45年に石碑に建て替えられ、その後高架橋の増設により現在地に移設された。
 事件から67年が経過し、関係者も殆ど彼岸へ行き、現場も当時を思わせるものは何も無いが、戦後の混乱期に巨大組織を率いて真剣に仕事をしていた一職業人として尊敬したい、私は近親者に旧国鉄関係者が居た事もあり、謹んで合掌をさせてもらった。

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オンクレ・トシ

Author:オンクレ・トシ
一般的に云う「グルメブログ」ではありません、店の点数評価等はしません。食の現場に集まる「人」を描きたいと思っています、もし読んで何か不快になる事があったとしたら、筆者の表現不足によるものでしょう。
出没地域は地元の東京足立・葛飾周辺、上野、秋葉原、たまに表参道、麻布十番等。
混雑電車が苦手なのと現在失業中によりランチ行脚がメインです。更新は週2回が目標。
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