最後の晩餐にはまだ早い


出光美術館「東洋の白いやきものー純なる世界」展

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 8月4日から東京・日比谷の出光美術館で開催中の、「東洋の白いやきものー純なる世界」を観に行った。この企画展は「白いやきもの」である白磁と白釉陶器を、これが誕生した中国、「李朝白磁」で知られる王朝時代の朝鮮、更には日本の焼き物を体系的に並べて、その技術の進歩と系譜を追っている。
 「焼物好きが最後に行き着くのは白磁と青磁」と言われるが、私もこの白磁が大好きで、我家の食器類も半分は白磁、器を買いに行くと色々見ても結局は毎回白い器を買う事になってしまう(笑)。白い器で連想するのは三田のフランス料理の名店「コートドール」、最近では一部柄のある皿も使っているが基本白い皿が中心、他店でガラス器や石皿が流行っても、二十年以上変わらずにこれを使い続けていた、器使いにも料理人としての哲学を感じさせるのは、フランス料理の世界では稀有な存在だ。

 白磁が生まれたのは6世紀中頃の中国で、既に存在していた青磁の釉薬から鉄分を取る事によって生れたとされる、誕生にはこの頃より盛んになった東西交易により、西方のガラス瓶や銀器の輝きを陶磁器で表現したいと考えたのが始まりとも言われている、もしこれが事実なら、17世紀に東洋の白磁に憧れたザクセン公国王が、職工のベトガーに銘じて作らせた「マイセン磁器」との対比で実に興味深い話だ。
 王侯貴族が憧れた様に、白い器は長年人々が手に入れたいと願った貴重な物だ、それ程白い色を出すのは難しかった、磁器が発明される前は陶器の表面に白い化粧土を上掛けして焼成する方法が取られた、日本の志野焼や今回出品されている中国・磁州窯の白釉陶器もこの技法によるもの。その後、鉱物のカオリンの発見と窯の改良により、高温による焼成が可能となり、現在我々にも馴染み深い白磁が誕生する事になるが、製法は長い間各地で秘密とされた。

 展覧会は中国・朝鮮・日本の三部門に別れているが、今回に限っては質・量共に中国の圧勝だった(笑)。特に印象深いのは北宋時代の定窯白磁と北宋~南宋時代の景徳鎮窯、それに前述の磁州窯の白釉陶器を加えて、「中国三大色白美人産地」と呼びたい位(笑)。その中でも定窯は世界的に類品が少なく、残されているのはコレクター垂涎の品、大阪の東洋陶磁美術館にも定窯白磁の世界的名品「蓮花文洗」が所蔵されているが、今回の展示品にもこれに似た形の鉢があった、そして全展示品の中から私が選ぶ究極の色白美女は、「白磁長頸瓶」と名付けられた高さ30センチ程の白磁瓶、あたかも浮世絵の「見返り美人」やフェルメールの「真珠の首飾りの少女」みたいに、儚げで刹那的な美を形に閉じ込めた逸品だ、叶わぬ願いだがこれ欲しい(笑)。

 我が日本の代表は徳川美術館所蔵の「白天目茶碗」、16世紀に美濃で焼かれたとされる白釉陶器だが、織田信長が催した茶会でも使われた記録がある由緒正しき物、天目茶碗の本家中国の物に比べると何処か日本的で、たおやかな姿が印象深い。
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 「食」に関わる人なら一度は見ておきたい展覧会、料理は器があって完成するもの、その料理を惹き立てるのは、白磁、白釉陶に優る物はないと思う。

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オンクレ・トシ

Author:オンクレ・トシ
一般的に云う「グルメブログ」ではありません、店の点数評価等はしません。食の現場に集まる「人」を描きたいと思っています、もし読んで何か不快になる事があったとしたら、筆者の表現不足によるものでしょう。
出没地域は地元の東京足立・葛飾周辺、上野、秋葉原、たまに表参道、麻布十番等。
混雑電車が苦手なのと現在失業中によりランチ行脚がメインです。更新は週2回が目標。
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